子どもは親のするとおりになる

きりん屋です、こんにちは。

親が小説にはまりこんでいて相手をしないせいか、最近いやに息子が甘えて寄ってきます。

普段は勝手に一人遊びするのが楽しいみたいなのに、相手にされないとそれはそれで気になるのか。親に似てあまのじゃくだなー。

 

そんな息子に関して、最近思ったことを。

 

かなり内気な性格の子なので、知らない人に自分から話しかけることができません。特に対大人。

子ども相手や自分がよく知ってる親戚のじじばば相手なら割と平気そうだけど、道行く人やあまり顔なじみでない保育園の保護者の方なんかにはかなり警戒心をむき出しにします。

まぁ、それ自体は必ずしも悪いことではないのかなと思ってたんだけど、きりん屋が気になったのは挨拶をしないこと。

自分からはもちろんのこと、相手が「おはよう」と言ってきてくれてもにらみつけたまま無言を貫いたり、もっとひどいとプイっとよそを向いたりしてました。

これはアカン。アカンですよ。

そういうことがあるたびに、なんで挨拶しないのか聞いて、でも結局だんまりで理由がわからず、挨拶の大切さを説明して、また次の場面で挨拶できず以下繰り返し・・・な感じでした。

「挨拶せな」って言っても言っても聞かんのですよね。

挨拶した方が打ち解けられて相手も自分も幸せになるんだぞって言っても、全然響かず。

仕方ないので最近は、きりん屋が息子の頭をぐいっと下げて無理やり挨拶させてました。そんなの良くないよね、なんの解決にもならないよね、と思いながら。

 

そんなある日、久々に図書館で渡辺和子さんの本を見かけました。

置かれた場所で咲きなさい

置かれた場所で咲きなさい

 

 

以前一度読んで、その時はふんふんと思うだけで特に心に引っかかるものもなかったんだけど、今回改めて手に取ってみてこんな一節に出会いました。

 

子供は親や教師の「言う通り」にはならないが、「する通り」になる 

 

ぽかーんと頭を叩かれた気分でした。

そうだよ、いくら口で言ったってダメなんだ。

きりん屋は最近誰かに挨拶されるたびに、息子の頭を下げることしか考えてなくて、全然心を込めて挨拶できてなかった。

そんな状態で、いくら口だけ「挨拶はいいもの」って言ったって伝わるはずがないんだもんね。

まずはきりん屋が、道行く人に心を込めて挨拶すること。

それを見て、息子がどうするのかは息子が考えればいいんだ。

 

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子供は親の鏡。昔の人はうまいこと言いますよ。

息子ができないことや息子に関して気になるところは、まず親である自分を振り返るべきなんだな。

よし、これからは息子に挨拶のことをあれこれ言うのはやめよう。

そして代わりに、心を込めて挨拶しよう。見てろよ息子め。ししし。