気持ちよく家仕事をするために

きりん屋です。こんにちは。

 

「暮らしのおへそ」という本が好きでよく読みます。

丁寧だったり、自分なりのこだわりを持っていたり、そういう自分の芯を持った方々の、生き方にまつわる習慣のお話がたくさん載っていて、パラパラと読むだけでしゃんとした気持ちになれるのです。

 

暮らしのおへそ (私のカントリー別冊)

暮らしのおへそ (私のカントリー別冊)

 

 この前読んだvol.14。

樋熊麻子さんの家仕事にまつわる言葉にこんなものがありました。

 

おいしい料理ができたり、家の中が片付いてスッキリしたり。目に見える成果を自分で作るんです。

 

家事も育児も目に見える成果も評価もないものだと思い込んでいたきりん屋に、この言葉は驚きでした。

「そっか、目に見える成果は自分で作ればいいのか!」って。

 

掃除しても掃除しても毎日たまる埃や洗っても洗ってもすぐいっぱいになる洗濯かごを見るたびに、

いつ終わるのかわからないまま、こちらの都合もお構いなしに投げかけられる息子の「ねぇねぇ」に笑顔を取り繕うたびに、

家仕事って、終わりもなければ評価もされない、家族からの感謝だって要求しないと聞けないってうんざりしていたんですけども。

そうして、自分の気持ちを押し殺しつつ投げやりに母業・妻業を行ってきたわけですけども。

 

この言葉を見て、そうか自分で目に見える成果を作ってみたらいいんだと気づきました。
と言っても大きな変化はなくて、きりん屋がいまやってるのは、自分の家事を「ちゃんとやってる感」を感じさせられるレベルにすることだけ。

 

たとえば洗濯物に関して

以前:洗う→干す→とりこんで畳む まで。片付けるのは各自で。なかなか片づけない家族にイライラ。

いま:畳んだ後各自の引き出しにしまうところまでやる。スッキリ片付いて気持ちがいい。

 

自分に、毎回ちゃんとやり切った「達成感」を感じさせることって大事だなって思います。

あと家族に「きりん屋はちゃんとやってるんだ感」を感じてもらうことも意識しています。

料理をちょっとイイ感じに盛り付けてみたり、ゴミ捨ての時にゴミ箱の中も一拭きしたり洗濯物にいい匂いの柔軟剤を使ってみたり。

そういう、自分のことを気にしてやってくれているんだなっていうのを、言葉でなくいかにさりげなく感じさせるか、が大事っぽい。我が家の場合。

なんとなくですけど、今までより「ありがとう」と言われる回数が増えた気がする。

 

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それに、ちゃんとやった感て、思った以上に感じられるんですよね。自分でも。

お布団を敷くときに、端を揃えて枕をちゃんと置いてあるだけで自分が気持ちがいいし、

掃除の後にもう一回見渡して、取りこぼしたごみをちゃんと捨てると、空気が気持ちよく感じる。

お互いが気持ちよく感じられる環境で、以前よりもう少し家事や育児に対する憂鬱な気持ちが緩和されました。