きりん屋の生きる意味が、また変化した気がする

生きる意味というのを、日常の中でもよく考えるほうだと思う。

ふとした時に、あれ?私が活きてる意味はこうなのに、今の現状はちょっとズレてるよな?とか。何かに迷ったときに、それを指針に自分の道を選んだり。

 

生きる意味って言葉を使うと、たぶんほとんどの友達には失笑されるだけなんだけど、

一部の希少な友や夫は、お酒を飲みながらあーでもないこーでもないと一緒に語ってくれて、きりん屋はそういう人たちと一緒に正解のない問いを考える時間がとても好きです。

だから今日はブログにも書いてみようと思う。

もちろんこれはきりん屋にとっての生きる意味って話なので、みんなそうだとは一切思ってないです。

 

さて、今回のとあわせると、きりん屋は今までの人生で2回、生きる意味が変わりました。

 

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学生時代、たぶん一番最初に自分の生きる意味はなんだろうと考えたのは中学2年生の秋だったんだけど、その時に出た答えは「生きる意味は、生きること」だった。

ある意味悟りとも受け取れるけど、14歳のきりん屋にとってはもっとネガティブな感じ。

ちょっと文章が正確じゃないけど、死ぬ勇気がないから生きている、みたいな。

 

それが、19歳の時に「生きる意味は、成長すること」に変わりました。

昨日より今日、今日より明日の自分が、わずかでも成長していること、良くなっていること、できなかったことができるようになること、そういうのが生きる意味だと思うようになりました。

ちょっと前向きになりましたね。

仕事も、生活も、突然の妊娠、結婚、出産もそういう気持ちだったからこそ前向きに受け止めることができたのかなぁと思います。

 

そして今回。

いまのきりん屋にとっての生きる意味は「経験すること、そしてその中で自分の好きなもの、こと、ひとを沢山知ること」だと思ってます。

成長はいったんキーワードから外れました。いまは、楽しいとか好きとかそういう気持ちの部分を大事にしたい。

いろんな経験の中から、自分が本当に好きだなぁと思えることを沢山見つけていくんだと思うと、これからの人生にワクワクします。